悩み
先日、新しいアパートに引っ越しました。
今まで一人暮らしを始めてから、3回中2回、隣人とのトラブルに巻き込まれています。
そして、前職で介助の仕事をやっていました。その仕事はどこか一カ所に職場があるわけではなく、それぞれ地域で一人暮らしをしているお宅に介助者として入るのですが、4件中2件、隣人とのトラブルに遭遇しています。
合計で、7件中4件の確率でトラブルに遭遇するので、新しいアパートに引っ越したら「ここでも、また何かあるのだろうか」と、とても不安で心配になります。
家の中にいて、外から隣人の話声が聞こえたり、駐車場に隣人の車が帰ってくると、ちょっと緊張します。
なので、足音を立てないように、家の中を忍び足で歩いたり、物が床に落ちないようにいつも気を付けていたり、つけた音楽や映像の音が少しでも大きかったりすると、焦ってボリュームを下げます。
友人や知人にこのことを話して、その反応を見てみても、どうやら僕の「気を付け方」や不安は一般的ではないようで、「どうして僕はこうなんだろう」「なんで僕はこんなにトラブルに遭うんだろう」「過剰に気をつけたり、心配したりせずに、普通に生活がしたい」と思ってしまいます。
「なんで、こんなにトラブルに巻き込まれるのか」その理由を考えたときに、僕のパートナーが外国人だから「目をつけられやすい」のかと、また余計な不安が一つ増えてしまいます。
ちなみに、僕もパートナーも生活音にはちゃんと気を付けていて、挨拶も毎回しています。
トラブルに巻き込まれるといっても、いままで笑顔で挨拶を返してくれる隣人も何人かいたので、そんなに悲惨なものではありませんが、僕の繊細な神経が反応して、なかなかリラックスできずにいます。
自分で客観的に見てどう思う?
でも、普通に考えて、そんなに何度も何度も「トラブルに遭遇すること」が続くとは考えづらい。
だって、こちらは生活音に気を付けているし、挨拶もちゃんとしている。
これは確率の問題で、10回中2回出るハズレが、最初の3回で全て出てしまったと考えるのが妥当だと思う。
そもそも3回中2回のトラブルの内容は、こんな感じ。
・隣人のポストにタバコの吸い殻が入っていた。それでこちらが疑われて、嫌な態度をとり続けられた
・全く騒いでないのに、自分の部屋から一番離れた部屋の人から「〇えろや!」といきなり罵声を浴びせられて、その理由は「騒いどったやろが」ということだった
振りかえってみると、こちらには全く問題はない。全て相手方の問題だ。
介助の仕事中に遭遇したトラブルも同じで、全て相手方の問題だった。
自分に問題がないとわかったところで不安は消えたりしないけど、少なくとも自分に問題はない。つまり、OK。大丈夫ということだ。
そして、自分に問題がなかったとしても、それとは関係なく降りかかるトラブルについては「自分の家に執着しない」ようにしたらいいと思う。
少なくとも、いまの自分の家は賃貸なので、一生住むわけではない。
「自分の生活や人生の重心を、外の生活に置くか、内の生活に置くか」ということだと思う。
僕は、登山や旅が好きで、パートナーと暮らす「時間」が好き。家というものは、その「登山」「旅」「パートナー」などの自分の好きなものたちとの「つなぎ」の役割をするものなので、そこに重心を置かないような軽やかな考え方をすればいい。家はあくまで「つなぎ」だ。
人生のメインは物質的な「家」ではなく、あくまで「登山」「旅」「パートナーとの時間」のような「経験」や「時間」のほうだ。
常にそのことを意識して、軽やかな気分でいることにしよう。
あ、ちなみに、外国人だからという理由で目をつけてくる人がいたとしても、そんな人は論外ということで「無視」です。
解決法
・トラブルに遭うかどうかは「確率の問題」であると意識する
・騒音に気を付け、挨拶をして、気を付けているのだったら、自分はなにも問題はない
・家はあくまで「つなぎ」の存在。人生のメインである「経験」や「時間」のほうを意識する

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